2006年2月にちょっと心療内科に行ってみたけど、それがいい方法だったかどうかは2年たった今でもよくわかりません。正直・・・初めていってみた心療内科の先生もカウンセラーとも相性がよくなかった気がする・・・・。
でも、その先生達と話しをして時間潰すよりもっとましなことしよって考えられるようになった時期を迎えていたmhkだった。
手術してから退院したのが2005年の年末だったのだが、年明けてしばらく辛かったのは、腎癌がこの身に降りかからなければ1月6日〜3月17日までは長野県にあるJICAの
駒ヶ根訓練所で青年海外協力隊の訓練に行っている筈だったから。
どうして今自分は駒ヶ根で新しい仲間と一緒にいないで1人いないといけないのか・・・街を歩いていても自分の部屋にいても、繰り返し意味のない自問自答を繰り返していた。少しずつ流す涙が少なくなっていっても、この心の中の自問自答は続いた。
さて、1度叶いそうになった海外ボランティアの夢、1度火がついちゃった海外ボランティアへの夢はなかなか消えなかったが、ハローワークの求職コーナーでは日本語教師の国内での仕事を探してみていた。あんまり気が進まなかったけどね。
前の記事で書いたように、ハローワークの職業訓練を受けることを考えてwebクリエータ養成科の受講を申し込み、
インタースクールの春の集中コース(英語のお勉強です)の受講も決めた。
海外いくなら語学の勉強は続けたいしね。今日本にいるしかないなら、日本でできるスキルを身につけるのも一つの方法だと職業訓練の受講にチャレンジしようと思ったのだ。
職業訓練は希望者が多いので選考の試験が3月13日(月)の午前中。ちょうどインタースクールの春の集中コースの初日である。仕方ないのでインタースクールは午前中はお休みすると連絡しておいた。
これらの申し込みの用紙を書いている時、少し前に進めている自分がいるんだなって噛みしめながら書いていたなぁ〜。
インタースクールの春の集中コースは3月13日(月)〜17日(金)だった。青年海外協力隊の駒ヶ根訓練所の訓練最終日が17日(金)だったのも何となく奇遇だなぁって感じていた。
1月はどん底、2月は涙の量は減っていってて、心療内科にちょっと通ったのは??だったけど、図書館で過ごす時だいぶん自分が落ち着いてきたなって感じるようになっていた。
3月はハローワーク、インタースクールのコースへ行っている以外は大抵福岡市立図書館で過ごした。図書館へは歩いて行っていた。40分くらいかけてね。昔から足には自信あるのだ。この時期歩いていると花の香りが未来へ誘ってくれているような気がしたもんだ。
3月はインタースクールの集中コース受講、職業訓練の選考試験、協力隊で同じ隊の予定だったKさんとの再会、日本語教師養成講座の同級生との再会、病院での術後初めてのCT検査、TOEIC受検と、少しずつ前に進むための準備を始める予定が入ってたなぁ〜。
そういう風に心の準備運動を始められるようになると、ちょっと心が軽くなっていくんだろうね。ようやく癌告知の翌日に購入したデジ一眼PENTAXの*ist DSを手に取ったのが3月27日(月)だった。
すこ〜しずつ、すこ〜しずつ、さび付いた心の歯車に油をさしていってた・・・そんな時期が2006年3月だった。
インタースールで出会ったお友達とのお話は次回!そのお友達とは今も交流があります。ブログ
ほのぼのしあわせ を書いているcocoさんです。腎癌にならなければ彼女との出会いもなかったんですよねぇ〜。今でも腎癌にならなければ・・・って考えないと言えばウソになるけど、彼女と会えたことは素敵なコト、mhkの宝物の一つです。