腎細胞癌(腎癌)体験記
青年海外協力隊合格し、研修参加のために会社を退職した翌日腎癌告知!派遣中止・・・ 思いがけず腎細胞癌(腎癌)という病気が身にふりかかってしまいました。この体験を綴っていこうと思います。

お知らせ

本ブログは2007年8月開設! 5月開設のココログ mhkの旅路のメモリアル-腎細胞癌-の記事を本ブログに移設しました。今はその続きをこつこつ書き始めたトコロです。 mhkの旅路の方には今の術後検診結果のこと、最近福岡の風景、お花、鳥をデジ一眼、デジスコで撮った写真を載せています。そのデジ一眼はmhkが腎癌の告知を受けた翌日に購入したカメラです。

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元気ですよ〜紅葉撮影に大阪、京都を旅してました〜

ブログの更新をしばらくしておりませんが、mhkは元気にしております。シニア海外ボランティアの春募集には既往症の腎癌を理由に一次で落とされましたが、少し待つことにしたので、秋募集は受けませんでした。秋募集の日本語教育の要請をみたけど、あんまりmhkにいい条件のモノはなかったので、既往症のことがなくても受けなかったと思います。何より、8月からの歯の治療に時間がかかっていて、今は日本にいるのがよさそうです。外国に行ったら歯の治療はくるしいしねぇ〜。どうして歯の治療に時間がかかっているかは、もう1つのブログmhkの旅路をご参照下さい。

ところで、最近更新しなかったのは24日(土)〜26日(月)に大阪、京都に旅行してきたからです。2年前2005年の12月に大阪である第二言語習得研究会の全国大会に参加する予定が、癌告知をされて、検査のため行けなかったのです。以前京都で勤務していたので、その当時の同僚に会うコトにしてました。ちょうど、今の派遣の仕事をはじめて半年が過ぎ、ようやく有休をとることができるし、今ちょうど京都は紅葉が綺麗なので、9月に行くことを決めていたのです。カメラ、三脚、デジスコ担いで行ってきました。相変わらず腰痛なので、コルセットで縛り上げて・・・。

26日の夜無事に帰ってきました。 24日は夕方大阪城のライトアップを撮影、25日は大阪南港の野鳥公園で昼間はバードウォッチング、夜は京都に清水寺、高台寺のライトアップを見に行き、26日は嵐山に行って、天龍寺、常寂光寺、化野念仏寺の紅葉を撮影。

歩きに歩いた3日間でした!今はまだ写真の整理中です。大阪城と清水寺のライトアップの写真だけ載せておきますね。整理したらmhkの旅路に旅行の写真を載せたいと思っています。

大阪城ライトアップ

清水さんライトアップ

清水さん紅葉ライトアップ

テーマ:日記 - ジャンル:日記

番外編 最初のデジ一眼の写真-癌告知直後と入院前日-
mhkの愛機PENTAX ist DS デジ一眼レフのカメラ。癌告知が2005年12月1日で、その翌日12月2日に購入。詳しくは 番外編 癌告知直後の思い出-カメラのキタムラのPOINT CARD-を参照!

退院して完治して、絶対にネパールに行くぞという意気込みで購入したモノ。

今日、写真の整理をしていて、ハードディスクにあった、購入翌日の12月3日におうちのお庭で試し撮りした写真が出てきた。かなり適当にシャッター押してたので、あんまりいい写真ないけどね・・・。

鉢植えのミニバラを撮ったもの。

ミニバラ

その日は土曜日。前日の2日(金)は腎シンチの検査をして、主治医の先生に青年海外協力隊でネパール派遣が決まっていたことを初めて告げたのだ。その際、医者として両手を挙げて賛成というわけには行かないけど、ドクターストップかけるほどじゃないと言われ、ネパール行きをめざす意味もあって、帰りに購入したデジ一眼。

週明けて、5日(月)の検査が全て済まないと腎臓以外の転移の有無がわからないので、その週末はかなりもやもやしていた。腎癌のことがなければ、その土日は喜びいさんでお外に撮影に行っただろうに・・・。お庭でちょっと申し訳に使ってみただけでやめてしまっていた。(検査結果は転移がなかったのだが、その時はまだわからなかったのでね)

次にこのカメラを手に取ったのは12月18日(日)。入院の前日。腎臓以外の臓器に転移がないことは5日に告げられていたので、あとは20日(火)に主治医に切ってもらうだけ!と少しすっきりしていたのだろう。ちょっと撮影枚数も多かったよ。でも、翌日入院、翌々日手術ということもあり、このカメラを次に手にするのはいつ頃かな?ってシャッター押しながらちらっと思った。100%安全な手術はないということは重々承知。でも、死ぬかも・・・とは不思議と思わなかったね。怖いとも思わなかった。でも、ネパールに行けないかも、ネパールでこのカメラのシャッターは切れないかもっていうのは思ったかなぁ〜。
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腎細胞癌退院後17-心療内科のカウンセリング2-
2006年2月23日(木)
第2回目のカウンセリング:
既にここで自分の気持ちの整理をする手助けをしてもらおうとは思ってないmhk。これはある種のゲームと考えよう〜。このカウンセラーに自分のコトをすこしでも理解させることができたらクリア〜や!!!← 殆ど挑戦の域のmhk〜。

カウンセラーに今の状態を聞かれたので、
mhk:退院直後はちょっとトイレが近かったので、夜中に1度トイレに起きていたのですが、今はもうそんなこともなくて、普通の状態です。JICAの海外ボランティアはやっぱりめざしたいのだけど、既往症の腎癌を理由に青年海外協力隊の2年派遣は許可できないと言われているので、39歳の今は長期派遣は応募できません。でも、40歳になるとシニア海外ボランティアの対象年齢になって、その場合は2年派遣の場合でも1年で健康診断の名目で一時帰国できるので、派遣が可能だとJICAの顧問医師に言われたので応募が可能になります。短期派遣は可能だと思いますが、1度長期派遣を経験した人対象の募集が多いので、かなり不利です。そのこともあって、ネパール派遣が駄目になったことは今後の人生の幅をとても狭くしてしまって、将来的に不安です。

カウンセラーの先生に話しながら、mhkは自分の今の状態を自分に言い聞かせるような気持ちもあった。

カウンセラーの先生はmhkの話を聞いて、やっぱり、検査が面倒だろうけど、1年は我慢して、1年過ぎたら少しとばしてもいいんじゃない?気楽に・・・・などと、再び的はずれなコトを言っていたけど、少しは今のmhkの不安な状態をわかっていたようだった。

その時術後2ヶ月だったんだけど、その時も、そして、今もmhkは残っている左の腎臓に癌が再発するかもっていう不安はないんだよね。それは自分でも不思議なんだけど。とても低い確率だって言われていたし、ネットで見ても、2cm未満の腎臓のみに限局した腎癌の外科治療後の予後がとてもよいという情報もあったのだけど、それにしても再発したらどうしよぉって1度も考えてないんだよね。

もしかしたら、年金生活者の年齢に達してからの癌発覚だったら再発の恐怖を少しは感じてたかも・・・。仕事をリタイア後、後は体を大切にしながら趣味に生きるという年代であれば、やっぱり癌の再発のコトが頭から離れないかも。

でも、まだ働かなきゃいけない年代の30代で腎癌に遭遇したmhkにとって、癌が再発したらというコトなんて二の次。まだしばらく働かないといけない人生があるのだ。自分が心からしたかった海外で日本語を教えるボランティア活動。それが駄目になり、じゃあ今後mhkは自分がしたくもないことばかりして人生過ごすのかってことで頭がいっぱいになったのだ。どうしたら希望の人生に修正できる?その道を探ろうと必死だった。既往症の腎癌が障害となり、応募しても門前払いかも・・・そのことが最も恐怖であり、不安定だった。逆に考えると、その恐怖が無ければ、再発の恐怖がmhkを支配してたかもしれない・・・。

カウンセラーの先生とのちぐはぐな会話の中で、そんなことを考えていたmhk。

2005年12月1日の腎癌告知。12月20日の右腎摘出術。退院12月29日。まだ癌告知から3ヶ月もたってない、退院から2ヶ月もたってない時だった。この3ヶ月間。ホントに運命が激変したんだなぁ〜って思った。

協力隊合格して、仕事を辞めた翌日の癌告知。タイミング最悪と思ったけどね。そのタイミングの悪さがなければ、癌自体の恐怖がmhkを支配してたかもしれないんだな。もしも、たら、れば・・・・なんて考えても答えはないんだけど、意味はないけど、もちろん。

でも、そのタイミングの悪さ。実現しそうだった夢ぶちこわしのタイミングの悪さのおかげで、mhkは癌自体の恐怖を味わわずに済んだのかもとちらっと思った。
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腎細胞癌退院後16-心療内科のカウンセリング1-
2006年2月9日 心療内科の第一回目のカウンセリングに行ってきました。
1月25日に初診で、カウンセリングを受けることにしてたからね。

カウンセラーは女の先生。医師ではありません。診察してもらった男性の先生は・・・ちょっと????の人で、ボランティアというモノを狭いモノとしてとらえている人でした。今時、右の腎臓はネパールの子供にやったと思って、自分の子供を5人でも6人でも産みなさいなんてコトバが出てくるとはおもわんかったねぇ〜。引退している爺様ならともかく、まだ現役の医師なのに女性の職業の幅をすごく狭く考えている人みたい・・・。

でも、カウンセリングを勧められ、それが女性のカウンセラーだと聞いて、ちょっと期待してたのだ。

が〜!!!!!しかし!、期待は見事に裏切られた・・よさそうな人だったけど・・・・ね。

初回は1時間とってあった。行ってみたけど、はっきり言って疲れたよ。何がって???とにかく、話ても話しても、カウンセラーが内容理解するまで時間がかかり過ぎるのだ。1時間とってあったけど、40分以上はmhkが説明のためしゃべっていた。

青年海外協力隊の制度、JICAの説明をするのに30分以上かかったのだよ。mhkの説明が悪かったとも思えないんだけど・・・だって、泌尿器科の主治医はすぐわかってくれて、診断書書くとこまですんなりと行ったモノ。

その当時のmhkは何に一番おびえていたかって、初期の癌に対して、外科治療で完全に健康体になったというのに、ネパール派遣の申請がJICAに却下されたことで、今後の人生の方向性が断ち切られたことだった。大げさに思われるかもしれないけど、海外派遣をめざして、実現一歩手前までいってた。ネパールでの2年派遣の任期を全うしたら、その経験によって、スキルアップし、その経験を元に別の海外派遣をめざす、そういう人生のビジョンを持ってこの何年か頑張ってきた。

が、今回受かったネパール派遣が駄目になり、スキルアップはできなくて、新たに派遣を申し込もうとしても、既往症の腎癌が足かせになって、身動きがとれない、そういう予感で不安でいっぱいだったのだ。そういう気持ちを整理したいなと思って、心療内科を受診した。

が、そのカウンセラーはそもそもJICAとか青年海外協力隊などのボランティア活動というものに対して全く知らない人だったので、毎回毎回要請があって、それに応募して、受かったら派遣が実現するということがなかなか理解できなかった。
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プロフィール

mhk

Author:mhk
2001年:オーストラリア メルボルンの日本語学校で教え、帰国後、日本語教育の修士課程を修了。
2006年に4ヶ月青年海外協力隊(JOCV)で中国 大連市の中学校に派遣、2007年2月に福岡に戻る。今はちょっとおとなしく日本で派遣社員です。

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