腎細胞癌(腎癌)体験記
青年海外協力隊合格し、研修参加のために会社を退職した翌日腎癌告知!派遣中止・・・ 思いがけず腎細胞癌(腎癌)という病気が身にふりかかってしまいました。この体験を綴っていこうと思います。

お知らせ

本ブログは2007年8月開設! 5月開設のココログ mhkの旅路のメモリアル-腎細胞癌-の記事を本ブログに移設しました。今はその続きをこつこつ書き始めたトコロです。 mhkの旅路の方には今の術後検診結果のこと、最近福岡の風景、お花、鳥をデジ一眼、デジスコで撮った写真を載せています。そのデジ一眼はmhkが腎癌の告知を受けた翌日に購入したカメラです。

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腎細胞癌退院後19-インタースクール春の集中コース-
2006年3月13日(月)〜17日(金)は朝から夕方まで英語のお勉強 インタースクール春の集中コースだった。午前中はリーディング、午後はリスニング、スピーキング。

初日の午前中は職業訓練の選考試験だったのでお休み、午後からmhkはスタート。メンバーは全部で3名!

その中にcocoさんもいました。cocoさんのブログはこちら。ほのぼの しあわせ 

cocoさんはちょうど他県から福岡市内の方に就職が決まったそうです。コース受講期間はお友達のおうちから通われていました。自然体で笑顔の優しい女性です。

mhkよりリスニング能力が高くかったなぁ〜。3名の受講生ですからリーディングはすぐ順番が回ってきてなかなかハードでしたし、予習も大変でした。でも、その期間って予習、復習、宿題に追われていたので、腎癌のこと、腎癌で諦めたネパール派遣のことをあんまり考えずに済んだ感じだったし、新し知り合いができて、たわいもない話ができたのは、すっごく精神衛生上よかったみたい。

今までは家族、友達と話をしても心から笑えない、無理して笑うと顔の筋肉が痛い・・・そんな状態でしたからね・cocoさん達に腎癌のこと、ネパール派遣が駄目になったことを話してみて、わりとスッキリしたなぁって思います。

cocoさんとはメールアドレスの交換をして、時々連絡していました。今でも時々連絡しています。相変わらず食欲ないし、食べ物はおいしくない状態、すぐ胃もたれする・・・だけど、ちょっと顔の筋肉が笑い方を思い出したって感じでしたよ。

cocoさん、ありがとう〜。これからもよろしくね!

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腎細胞癌退院後18-少しずつ何かを探って-
2006年2月にちょっと心療内科に行ってみたけど、それがいい方法だったかどうかは2年たった今でもよくわかりません。正直・・・初めていってみた心療内科の先生もカウンセラーとも相性がよくなかった気がする・・・・。

でも、その先生達と話しをして時間潰すよりもっとましなことしよって考えられるようになった時期を迎えていたmhkだった。

手術してから退院したのが2005年の年末だったのだが、年明けてしばらく辛かったのは、腎癌がこの身に降りかからなければ1月6日〜3月17日までは長野県にあるJICAの駒ヶ根訓練所で青年海外協力隊の訓練に行っている筈だったから。

どうして今自分は駒ヶ根で新しい仲間と一緒にいないで1人いないといけないのか・・・街を歩いていても自分の部屋にいても、繰り返し意味のない自問自答を繰り返していた。少しずつ流す涙が少なくなっていっても、この心の中の自問自答は続いた。

さて、1度叶いそうになった海外ボランティアの夢、1度火がついちゃった海外ボランティアへの夢はなかなか消えなかったが、ハローワークの求職コーナーでは日本語教師の国内での仕事を探してみていた。あんまり気が進まなかったけどね。

前の記事で書いたように、ハローワークの職業訓練を受けることを考えてwebクリエータ養成科の受講を申し込み、インタースクールの春の集中コース(英語のお勉強です)の受講も決めた。

海外いくなら語学の勉強は続けたいしね。今日本にいるしかないなら、日本でできるスキルを身につけるのも一つの方法だと職業訓練の受講にチャレンジしようと思ったのだ。

職業訓練は希望者が多いので選考の試験が3月13日(月)の午前中。ちょうどインタースクールの春の集中コースの初日である。仕方ないのでインタースクールは午前中はお休みすると連絡しておいた。

これらの申し込みの用紙を書いている時、少し前に進めている自分がいるんだなって噛みしめながら書いていたなぁ〜。

インタースクールの春の集中コースは3月13日(月)〜17日(金)だった。青年海外協力隊の駒ヶ根訓練所の訓練最終日が17日(金)だったのも何となく奇遇だなぁって感じていた。

1月はどん底、2月は涙の量は減っていってて、心療内科にちょっと通ったのは??だったけど、図書館で過ごす時だいぶん自分が落ち着いてきたなって感じるようになっていた。

3月はハローワーク、インタースクールのコースへ行っている以外は大抵福岡市立図書館で過ごした。図書館へは歩いて行っていた。40分くらいかけてね。昔から足には自信あるのだ。この時期歩いていると花の香りが未来へ誘ってくれているような気がしたもんだ。

3月はインタースクールの集中コース受講、職業訓練の選考試験、協力隊で同じ隊の予定だったKさんとの再会、日本語教師養成講座の同級生との再会、病院での術後初めてのCT検査、TOEIC受検と、少しずつ前に進むための準備を始める予定が入ってたなぁ〜。

そういう風に心の準備運動を始められるようになると、ちょっと心が軽くなっていくんだろうね。ようやく癌告知の翌日に購入したデジ一眼PENTAXの*ist DSを手に取ったのが3月27日(月)だった。

すこ〜しずつ、すこ〜しずつ、さび付いた心の歯車に油をさしていってた・・・そんな時期が2006年3月だった。

インタースールで出会ったお友達とのお話は次回!そのお友達とは今も交流があります。ブログ ほのぼのしあわせ を書いているcocoさんです。腎癌にならなければ彼女との出会いもなかったんですよねぇ〜。今でも腎癌にならなければ・・・って考えないと言えばウソになるけど、彼女と会えたことは素敵なコト、mhkの宝物の一つです。


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腎細胞癌退院後17-心療内科のカウンセリング2-
2006年2月23日(木)
第2回目のカウンセリング:
既にここで自分の気持ちの整理をする手助けをしてもらおうとは思ってないmhk。これはある種のゲームと考えよう〜。このカウンセラーに自分のコトをすこしでも理解させることができたらクリア〜や!!!← 殆ど挑戦の域のmhk〜。

カウンセラーに今の状態を聞かれたので、
mhk:退院直後はちょっとトイレが近かったので、夜中に1度トイレに起きていたのですが、今はもうそんなこともなくて、普通の状態です。JICAの海外ボランティアはやっぱりめざしたいのだけど、既往症の腎癌を理由に青年海外協力隊の2年派遣は許可できないと言われているので、39歳の今は長期派遣は応募できません。でも、40歳になるとシニア海外ボランティアの対象年齢になって、その場合は2年派遣の場合でも1年で健康診断の名目で一時帰国できるので、派遣が可能だとJICAの顧問医師に言われたので応募が可能になります。短期派遣は可能だと思いますが、1度長期派遣を経験した人対象の募集が多いので、かなり不利です。そのこともあって、ネパール派遣が駄目になったことは今後の人生の幅をとても狭くしてしまって、将来的に不安です。

カウンセラーの先生に話しながら、mhkは自分の今の状態を自分に言い聞かせるような気持ちもあった。

カウンセラーの先生はmhkの話を聞いて、やっぱり、検査が面倒だろうけど、1年は我慢して、1年過ぎたら少しとばしてもいいんじゃない?気楽に・・・・などと、再び的はずれなコトを言っていたけど、少しは今のmhkの不安な状態をわかっていたようだった。

その時術後2ヶ月だったんだけど、その時も、そして、今もmhkは残っている左の腎臓に癌が再発するかもっていう不安はないんだよね。それは自分でも不思議なんだけど。とても低い確率だって言われていたし、ネットで見ても、2cm未満の腎臓のみに限局した腎癌の外科治療後の予後がとてもよいという情報もあったのだけど、それにしても再発したらどうしよぉって1度も考えてないんだよね。

もしかしたら、年金生活者の年齢に達してからの癌発覚だったら再発の恐怖を少しは感じてたかも・・・。仕事をリタイア後、後は体を大切にしながら趣味に生きるという年代であれば、やっぱり癌の再発のコトが頭から離れないかも。

でも、まだ働かなきゃいけない年代の30代で腎癌に遭遇したmhkにとって、癌が再発したらというコトなんて二の次。まだしばらく働かないといけない人生があるのだ。自分が心からしたかった海外で日本語を教えるボランティア活動。それが駄目になり、じゃあ今後mhkは自分がしたくもないことばかりして人生過ごすのかってことで頭がいっぱいになったのだ。どうしたら希望の人生に修正できる?その道を探ろうと必死だった。既往症の腎癌が障害となり、応募しても門前払いかも・・・そのことが最も恐怖であり、不安定だった。逆に考えると、その恐怖が無ければ、再発の恐怖がmhkを支配してたかもしれない・・・。

カウンセラーの先生とのちぐはぐな会話の中で、そんなことを考えていたmhk。

2005年12月1日の腎癌告知。12月20日の右腎摘出術。退院12月29日。まだ癌告知から3ヶ月もたってない、退院から2ヶ月もたってない時だった。この3ヶ月間。ホントに運命が激変したんだなぁ〜って思った。

協力隊合格して、仕事を辞めた翌日の癌告知。タイミング最悪と思ったけどね。そのタイミングの悪さがなければ、癌自体の恐怖がmhkを支配してたかもしれないんだな。もしも、たら、れば・・・・なんて考えても答えはないんだけど、意味はないけど、もちろん。

でも、そのタイミングの悪さ。実現しそうだった夢ぶちこわしのタイミングの悪さのおかげで、mhkは癌自体の恐怖を味わわずに済んだのかもとちらっと思った。
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腎細胞癌退院後16-心療内科のカウンセリング1-
2006年2月9日 心療内科の第一回目のカウンセリングに行ってきました。
1月25日に初診で、カウンセリングを受けることにしてたからね。

カウンセラーは女の先生。医師ではありません。診察してもらった男性の先生は・・・ちょっと????の人で、ボランティアというモノを狭いモノとしてとらえている人でした。今時、右の腎臓はネパールの子供にやったと思って、自分の子供を5人でも6人でも産みなさいなんてコトバが出てくるとはおもわんかったねぇ〜。引退している爺様ならともかく、まだ現役の医師なのに女性の職業の幅をすごく狭く考えている人みたい・・・。

でも、カウンセリングを勧められ、それが女性のカウンセラーだと聞いて、ちょっと期待してたのだ。

が〜!!!!!しかし!、期待は見事に裏切られた・・よさそうな人だったけど・・・・ね。

初回は1時間とってあった。行ってみたけど、はっきり言って疲れたよ。何がって???とにかく、話ても話しても、カウンセラーが内容理解するまで時間がかかり過ぎるのだ。1時間とってあったけど、40分以上はmhkが説明のためしゃべっていた。

青年海外協力隊の制度、JICAの説明をするのに30分以上かかったのだよ。mhkの説明が悪かったとも思えないんだけど・・・だって、泌尿器科の主治医はすぐわかってくれて、診断書書くとこまですんなりと行ったモノ。

その当時のmhkは何に一番おびえていたかって、初期の癌に対して、外科治療で完全に健康体になったというのに、ネパール派遣の申請がJICAに却下されたことで、今後の人生の方向性が断ち切られたことだった。大げさに思われるかもしれないけど、海外派遣をめざして、実現一歩手前までいってた。ネパールでの2年派遣の任期を全うしたら、その経験によって、スキルアップし、その経験を元に別の海外派遣をめざす、そういう人生のビジョンを持ってこの何年か頑張ってきた。

が、今回受かったネパール派遣が駄目になり、スキルアップはできなくて、新たに派遣を申し込もうとしても、既往症の腎癌が足かせになって、身動きがとれない、そういう予感で不安でいっぱいだったのだ。そういう気持ちを整理したいなと思って、心療内科を受診した。

が、そのカウンセラーはそもそもJICAとか青年海外協力隊などのボランティア活動というものに対して全く知らない人だったので、毎回毎回要請があって、それに応募して、受かったら派遣が実現するということがなかなか理解できなかった。
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腎細胞癌退院後15-自分の道を模索する求職活動-
主治医へ手書きの手紙を書いて、ポストに入れた頃には、今回のJICAの顧問医師が派遣中止を決定したコトは受け入れるようになっていた。もちろん諦めきれない思いもまだまだあったけど、そのことでもう1度判断して欲しいというような行動は起こさないことをはっきり自分で決められたのだ。

 とりあえず、4月までは雇用保険が受給できるのだが、その期間を使って就職活動しなければ。でも、何の仕事を? 今度こそ海外で教えられる!と期待に胸をふくらませたこの思い、ネパール行き、今回の協力隊派遣が駄目になったことをようやく受け入れられたとはいえ、その思いを自分の中から追い出すことはなかなかできなかった。 今度こそ海外へ出るぞという思いが実現寸前まで行ったのだから無理もない。

 日本の日本語学校で教えることを選ぶと、しばらく続けないと、その職場に迷惑がかかる。JICAの短期派遣の青年海外協力隊は選考期間が短く、合格後2週間くらいしたら研修があり、その1ヶ月後には渡航となる。となると、3ヶ月更新の事務職の派遣社員の方が海外派遣の募集には応募しやすいなと思った。 それでも、ハローワークで求人票を見ると、なかなか事務職の方を見る気になれなかった。今度こそ日本語教師として働ける!と信じていたのが駄目になり、その思いをどこにも持って行けなくなって、持てあました自分がいたのだ。
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プロフィール

mhk

Author:mhk
2001年:オーストラリア メルボルンの日本語学校で教え、帰国後、日本語教育の修士課程を修了。
2006年に4ヶ月青年海外協力隊(JOCV)で中国 大連市の中学校に派遣、2007年2月に福岡に戻る。今はちょっとおとなしく日本で派遣社員です。

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