腎細胞癌(腎癌)体験記
青年海外協力隊合格し、研修参加のために会社を退職した翌日腎癌告知!派遣中止・・・ 思いがけず腎細胞癌(腎癌)という病気が身にふりかかってしまいました。この体験を綴っていこうと思います。

お知らせ

本ブログは2007年8月開設! 5月開設のココログ mhkの旅路のメモリアル-腎細胞癌-の記事を本ブログに移設しました。今はその続きをこつこつ書き始めたトコロです。 mhkの旅路の方には今の術後検診結果のこと、最近福岡の風景、お花、鳥をデジ一眼、デジスコで撮った写真を載せています。そのデジ一眼はmhkが腎癌の告知を受けた翌日に購入したカメラです。

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またスポンサーサイトがでてますね・・・更新サボってますが元気です!
またまた1ヶ月以上更新してませんが、元気です。

ちょっと退院の後の出来事書くのに振り返るのがつらいなぁって思ったので、書いてませんでした。そういう時は書かなくてもいいやって思ってます。

3月JICAの短期ボランティア(10ヶ月)に応募した際の応募書類の健診結果で腹部エコーの所見が『左腎臓に小結石あり』となり、がっくりしました。エコー検査の10日前に腎癌の術後経過の検査のCT検査を受けていて『異常無し』だったし、エコー検査で結石有りということで、また病気か!と思い詰めたわけではない。

素人が考えてもCT検査の方がエコー検査より結石の検出能力は高いと思ったからね。でも、問題は『JICAのボランティアの応募書類』の健診でエコーが異常有りとなった点でガックリきちゃったのだ。

すぐに主治医のトコロに行って、『誤診の可能性があるよ。結石はないと思ってていいよ。』と言われても、もう1度放射線科部長の先生にCT写真をチェックしてもらって、異常なしのコメントをもらっても、気分がすっきりとは晴れなかった。

自分の体に異常ないと確信は持てたし、安心はできても、去年の6月に長期のボランティア派遣の応募の際に『既往症の腎癌』を理由に一次不合格の判断をしたJICAの顧問医師のことが頭によぎったのだ。

ただでさえ既往症の腎癌で目をつけられがちなのに残ったたった一つの左腎臓にまた異常有りだなんて書かれたら・・・。

主治医に診断書で『異常無し』という診断書を書いてもらっても、そのもやもや〜っとした気分はなかなか晴れなかった。

幸い短期ボランティアなので、今回健康問題はクリアできて、少しホッとした。応募した要請の分には不合格だったけど、登録派遣予定者のリストに載せてもらえることになったしね。一歩前進!って思えた。

それでも、過去の腎癌の退院直後のことを考えるのは気が乗らなかったなぁ〜。

でもね、以前だったら、そんな自分のことが嫌で嫌で責めてたと思うけど、そういう時はそういう気分なんだって思えるようになったかなぁ〜。

今年のGWは去年の9月から始めた鳥さんの撮影に没頭してました。フィールドはいいですね。大きな樹木が天高く伸びていて、その空間に渡ってきたばかりの夏鳥が高らかに美声を競っています。

その小鳥さん達と夢中で戯れていると、嫌なことはなにもかも吹っ飛んで粉々になっちゃうような気があします。仕草は可愛くても、美しい姿でも、彼らはやはり誰の加護もなく、自分の力で生きる野性の生き物なのです。目を見るととても鋭い目です。その姿に惹かれ、励まされているような気がするのです。

美しい姿のオオルリ、キビタキを撮影することができて、彼らの歌声を聞いているその空間に自分が浄化されていく・・・そんなGWでした。

mhkが撮影した鳥さんの写真はこちらのブログにあります!よかったらご覧ください。(去年の9月から始めたばかりで初心者の写真ですが)



mhkの旅路





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腎細胞癌退院後19-インタースクール春の集中コース-
2006年3月13日(月)〜17日(金)は朝から夕方まで英語のお勉強 インタースクール春の集中コースだった。午前中はリーディング、午後はリスニング、スピーキング。

初日の午前中は職業訓練の選考試験だったのでお休み、午後からmhkはスタート。メンバーは全部で3名!

その中にcocoさんもいました。cocoさんのブログはこちら。ほのぼの しあわせ 

cocoさんはちょうど他県から福岡市内の方に就職が決まったそうです。コース受講期間はお友達のおうちから通われていました。自然体で笑顔の優しい女性です。

mhkよりリスニング能力が高くかったなぁ〜。3名の受講生ですからリーディングはすぐ順番が回ってきてなかなかハードでしたし、予習も大変でした。でも、その期間って予習、復習、宿題に追われていたので、腎癌のこと、腎癌で諦めたネパール派遣のことをあんまり考えずに済んだ感じだったし、新し知り合いができて、たわいもない話ができたのは、すっごく精神衛生上よかったみたい。

今までは家族、友達と話をしても心から笑えない、無理して笑うと顔の筋肉が痛い・・・そんな状態でしたからね・cocoさん達に腎癌のこと、ネパール派遣が駄目になったことを話してみて、わりとスッキリしたなぁって思います。

cocoさんとはメールアドレスの交換をして、時々連絡していました。今でも時々連絡しています。相変わらず食欲ないし、食べ物はおいしくない状態、すぐ胃もたれする・・・だけど、ちょっと顔の筋肉が笑い方を思い出したって感じでしたよ。

cocoさん、ありがとう〜。これからもよろしくね!

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術後の年数と同じ歳の姪の成長
3月30日(日)に妹が用事があったので、妹の娘6歳児&2歳児がお泊まりでした。

2歳児の方はmhkが右腎摘出した時に入院した病院で生まれた子です。mhkの手術日のちょうど1週間後に生まれました。妹とmhkの病棟は同じで、病室はmhkは3階、妹は4階でした。

その子ももう2歳3ヶ月です。mhkが手術した経過時間とその子の生きてきた時間は同じなのです。
お泊まりしてた時、その子はもう文章で喋ります。子供の成長は早いですね。

ブレーカーが落ちた時、とことことこっとmhkの方に歩いてきて、下からmhkの方を不安そう〜に見つめて、一言。

壊れたと?』って。

ふーむ、パパは道産子、妹も大学入学以降北海道、その後青年海外協力隊でパラグアイ(南米)、帰国後は北海道で勤務、夫婦で中南米へ・・・と、あんまり九州弁には縁ない生活でしたが、南米から一家で帰国後福岡に移ってから生まれたのが、その2歳児。

6歳児の方もすっかり福岡での生活が長くなってきて、二人とも九州弁のNativeです!

『先生(保育園の)が言よんしゃったぁ〜。』とか言ってます。

mhkが入院してた時、出産のため同じ病棟に入院した妹。そのため上の子は初めて長いことパパママと離れて爺ちゃん婆ちゃんのうちにお泊まり。当時4歳だった上の子。一生懸命寂しいのを我慢してたっけ。その子もこの春小学校にご入学!

もうおうちでは1人で寝ているそうです。お泊まりの時に絵本読みながら寝かしつける時の会話:

mhk:へえ〜1人で寝ているの?偉いねぇ〜!!
姪 :だって、1人じゃないと落ち着かんもん。

入院したママと離れて、あんなに寂しそうだった子が・・・。

二人とも大きくなったね!成長したね!

その年月の分、mhkも手術後元気に過ごせたのです。二人の成長を見ながらその年月を噛みしめるような気分になった週末でした。


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術後2年2ヶ月後のCTクリア〜
昨日3月3日(月) お雛さま、桃の節句。
腎癌術後経過の検査行ってきました。1年ぶりのCT検査です。結果は◎!異常なしでした!

詳しくはココログのmhkの旅路に。

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腎細胞癌退院後18-少しずつ何かを探って-
2006年2月にちょっと心療内科に行ってみたけど、それがいい方法だったかどうかは2年たった今でもよくわかりません。正直・・・初めていってみた心療内科の先生もカウンセラーとも相性がよくなかった気がする・・・・。

でも、その先生達と話しをして時間潰すよりもっとましなことしよって考えられるようになった時期を迎えていたmhkだった。

手術してから退院したのが2005年の年末だったのだが、年明けてしばらく辛かったのは、腎癌がこの身に降りかからなければ1月6日〜3月17日までは長野県にあるJICAの駒ヶ根訓練所で青年海外協力隊の訓練に行っている筈だったから。

どうして今自分は駒ヶ根で新しい仲間と一緒にいないで1人いないといけないのか・・・街を歩いていても自分の部屋にいても、繰り返し意味のない自問自答を繰り返していた。少しずつ流す涙が少なくなっていっても、この心の中の自問自答は続いた。

さて、1度叶いそうになった海外ボランティアの夢、1度火がついちゃった海外ボランティアへの夢はなかなか消えなかったが、ハローワークの求職コーナーでは日本語教師の国内での仕事を探してみていた。あんまり気が進まなかったけどね。

前の記事で書いたように、ハローワークの職業訓練を受けることを考えてwebクリエータ養成科の受講を申し込み、インタースクールの春の集中コース(英語のお勉強です)の受講も決めた。

海外いくなら語学の勉強は続けたいしね。今日本にいるしかないなら、日本でできるスキルを身につけるのも一つの方法だと職業訓練の受講にチャレンジしようと思ったのだ。

職業訓練は希望者が多いので選考の試験が3月13日(月)の午前中。ちょうどインタースクールの春の集中コースの初日である。仕方ないのでインタースクールは午前中はお休みすると連絡しておいた。

これらの申し込みの用紙を書いている時、少し前に進めている自分がいるんだなって噛みしめながら書いていたなぁ〜。

インタースクールの春の集中コースは3月13日(月)〜17日(金)だった。青年海外協力隊の駒ヶ根訓練所の訓練最終日が17日(金)だったのも何となく奇遇だなぁって感じていた。

1月はどん底、2月は涙の量は減っていってて、心療内科にちょっと通ったのは??だったけど、図書館で過ごす時だいぶん自分が落ち着いてきたなって感じるようになっていた。

3月はハローワーク、インタースクールのコースへ行っている以外は大抵福岡市立図書館で過ごした。図書館へは歩いて行っていた。40分くらいかけてね。昔から足には自信あるのだ。この時期歩いていると花の香りが未来へ誘ってくれているような気がしたもんだ。

3月はインタースクールの集中コース受講、職業訓練の選考試験、協力隊で同じ隊の予定だったKさんとの再会、日本語教師養成講座の同級生との再会、病院での術後初めてのCT検査、TOEIC受検と、少しずつ前に進むための準備を始める予定が入ってたなぁ〜。

そういう風に心の準備運動を始められるようになると、ちょっと心が軽くなっていくんだろうね。ようやく癌告知の翌日に購入したデジ一眼PENTAXの*ist DSを手に取ったのが3月27日(月)だった。

すこ〜しずつ、すこ〜しずつ、さび付いた心の歯車に油をさしていってた・・・そんな時期が2006年3月だった。

インタースールで出会ったお友達とのお話は次回!そのお友達とは今も交流があります。ブログ ほのぼのしあわせ を書いているcocoさんです。腎癌にならなければ彼女との出会いもなかったんですよねぇ〜。今でも腎癌にならなければ・・・って考えないと言えばウソになるけど、彼女と会えたことは素敵なコト、mhkの宝物の一つです。


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プロフィール

mhk

Author:mhk
2001年:オーストラリア メルボルンの日本語学校で教え、帰国後、日本語教育の修士課程を修了。
2006年に4ヶ月青年海外協力隊(JOCV)で中国 大連市の中学校に派遣、2007年2月に福岡に戻る。今はちょっとおとなしく日本で派遣社員です。

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